LIFE AS CINEMA


Beams のLIFE AS CINEMAのページ、広告がとても好き
フィルターがかった写真にきちんと創られたコーディネート
背景、印象的な小物



1枚のビジュアルに、サウンドトラック
朗読されるその画の続きのストーリー

洋服ってただ体をつつむためじゃなくて
このためにあるよね!!っていう共感


洋服だけじゃない

自分のビジュアルを創る全てのもの
パープルのグラデーションのアイシャドーも
昨晩塗ったであろう、同じ色のマニュキアも
わざわざ買ってきた夜をカラフルにするためのマカロンも

全てはそのシーンのためにある



何故日常が映画ではいけないのか
style is,,,,, で紹介したblogger達は間違いなくシーンを生きていて
それは多くの人を惹きつける美しく、感動を誘うもの

のようである必要はない

シーンもそこに登場する自分も選べる


人生が映画のワンシーンだとしたら、
主演女優のよう、シーンごとに違う装いをしたい

CINEMAのような人生に洋服の所有は向いてないのではないだろうか?

ものすごい量の洋服、小物が必要になってしまう

服を所有して同じものを何度も着る必要ってある?

もし惜しみなく買えるお金持ちだとしても
一場面にしか登場しない服をとっておく意味はあるのか?

買うという行為は必要か


服の販売をビジネスにする、アパレルメーカーに問いかける質問ではないが
わたしは所有はとっても非効率だと思っている

この間、明治神宮前のBEAMSに行った
お金のかかった内装、場所柄ハイラインは服達

これが全て借りられればいいのに

クローゼットシェアのアプリの企画で資料をつくっていた時
女性のクローゼットの8割はデッドだというデータを発見した
わたしたちは服に関しては無駄な消費を続けている
戦略も計画性もなく、ランダムに買った服に
コーディネートのプロじゃないわたしたちのクローゼットは
ケイアスであり、迷宮入り

8割の運命を間違えた買い物を狭いクローゼットに蓄えているなんて
スペースと家賃の無駄である

これについては次回、全データも踏まえて詳しく書こう

CINEMAのようなシーンで人生を創りたい
シーンを盛り立てるドレスがそれこそシーンごとに必要

「じゃあそのドレスこのシーンのためにかしてよ」

ここのニーズを満たすビジネスが次のファッション業界が目指す
べき道に思えてならない



MAHO JULIA TAKAISHI

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