JFW:Final day;R.I.P Mr.Yamamuro''



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東京のファッションウィークは今日で終わりです。

関係者の方は、この一週間はほとんど睡眠をとれていないのではないでしょうか

本当にお疲れさまでした。

今回50以上あったショーの中から7つのショーを観させて頂きました

ほんの数年前は憧れてやまなかったランウェイショーをみせていただけるのは
わたしが以前お世話になっていたPR01.の皆様のおかげです
本当に有り難うございます!!
そして本当にお疲れさまでした。

まだ、全てのショーのリポートができていないので、
来週いっぱいかけてさせていただけたらと思います。

今回のファッションウィークの始まる2日前の16日の訃報
WWD JAPAN編集長が亡くなったというニュース。

私は、一度も直接お目にかかったことはないのだが、
ファッションPR時代は毎週目を通したWWD
初めて掲載された媒体もWWDだった

先程、FACEBOOKで何気なく山室さんのページを訪問すると
別れを惜しむ言葉でタイムラインが溢れていた
なんだかそれを一つ一つ読んでいて心が熱くなった
山室さんを直接は存じ上げないけれど、
一時代が終わってしまったような、そんな喪失感にとらわれた

この一週間、自分なりにファッションとは何かという事を考える機会があった

時代は、消費者は本当にファッションというクリエイションを求めているのか
多くの人はもうファッションというものには興味を失ってしまったのではないか
ファッションがクリエイションの時代は終わってしまったのでは
という、素晴らしいクリエイションを目の当たりにしつつも
世間、時代感、人々の声に悲観のループにはまる事があった

私自身、業界に入る前、入ってからもしばらくは、
ファッションのクリエイションの素晴らしさが分からず
ビジネスのファッションを好む傾向にあり
ファッションに大精通した先輩方から冷ややかな目でみられたこともある
(今となっては当時の状況は大納得でよくそんな私を受け入れてくださったなぁと思う)

山室さんのタイムラインに生前、彼が語った素敵な言葉があった


「ファッションはメディアであり、着ている服装にはすべてに意味があり
その人が表現されている。意味のないファッションはない」


写真を拝見して、人柄を語る文を読むたびに
それこそ30年の世界と日本のファッションの変遷、歴史が
この男性の一身に詰まっていたのだろうなと思う
だからこそ、死が時代の終わりに感じたのかもしれない

流行通信のプロデューサーであった彼が、
それこそ海外のコレクションを持ってきた頃の日本と今は大きく違っていると思う
けれど彼が残した上記の言葉を真実をついていると思う

これから決して豊かな時代に向かうわけではない日本
シンプルがもてはやされる中、着飾る意味があるのか
着るものに芸術性を求め、高いお金をかける必要があるのかというのも確かである


しかし、彼はいう

意味のないファッションはない

コレクションブランドを着るのは見栄ではない
デザイナーがどういうインスピレーションを受けて
どういった想いでどういう世界観を表現しているのか
また自分はどういう世界観をどのデザイナーの意志に共感して
体全身で表現したいのか
それがファッションであると思う

彼の死は終わりにも思えるがもしかするとはじまりなのかもしれない

見栄よりも本質を目指す時代の未来に
すべての人の装いが意味と意志を持つ世界になることを期待している


MAHO JULIA TAKAISHI

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